制作についての文章。
とりあえず一回目。
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「瞬間の鮮烈な記憶/とその変質」
それを残す為の有効な手段としてドローイングがあると思う
光の瞬きや輝き、波立つ水面、流れる水や爆発の噴煙、炎のゆらめきなどや
その時感じた思いや浮かんだ言葉、体験の印象など。
写真とドローイングの違いは、後者の場合多分に主観が入ることや感情も加えられるところだろう。
風景を撮影しておさめたいのとは違い、受けたさまざまの刺激や記憶をイメージとして捉え直したい。
瞬間の記憶を残すのがドローイングなら、わたしにとってのタブローはそれらを咀嚼し反芻する場であると思う。
記憶を噛み砕き、再構築する。
その過程によって記憶がふたたび体験となる。
ただ、咀嚼反芻を行うことで、はじめの記憶とは少しずつ変質していくだろうし、
はじめは気にならなかったことが気になっていくかもしれないし
組み上がっていくうちにべつのものになるかもしれない。
それでもいいと考えています。
ものごとの見え方はいつ見るか誰が見るかによってちがうものです
あらゆる視点がごっちゃになって、他視点が含まれていくうちに
世界の見え方もあらゆる視点と角度を得るといいなと思います。
2011,6,15